まずは言葉の説明から。
ヒヤリハット
1(重大事故):29(軽微な事故):300(事故に至らないヒヤリとした事象)。1件の重大事故の背景には29件の軽傷事故と300件の事故にならなかったヒヤリとした瞬間がある。
ハリーアップ症候群
時間に追われるなど、焦燥感からくる心理的ストレス状態。注意力が散漫にななったり判断力が低下して重大な事故につながりやすくなる。
20年以上前だろうかヒヤリハットの法則を聞いたのは。重大事故を防ぐために一つ一つのヒヤリハットを軽視せず、対策を行うことで重大事故を防ごうというもの。なるほどとは思いながらも腑に落ちないと言うか違和感を感じていた。業務量の増大を伴うし注意は大事だけどほどほどにしないとストレスにつながり逆にミスが増えるのではないかと感じた。
講演で問いかけるのは、「昔は小さなミスは「ごめん」で許されていたけど、小さなミスを過小評価しないので、再発防止策をとらないと許してもらえない。再発防止策で仕事は忙しくなる?暇になる?。忙しくなるよね。業務が多忙・煩雑化するとミスが増える?減る?。増えるよね。再発防止策=業務の多忙・煩雑化=ミスの増加という方程式が私の中にあったのでヒヤリハットの対応策に違和感を感じていたのだと思う。ヒヤリハット対策は人員や業務に一定のゆとりがないとむしろミスを増やすというのが私の考えだ。
この考えが腑に落ちたのは2024年1月の航空機事故。この時ハリーアップ症候群の言葉を聞き「なるほど。これだ!」と思った。羽田空港で起きた自衛隊機と民間機の衝突炎上事故。自衛隊機のミスが事故の原因だが、早く被災地(能登半島地震)に行かなければという焦りが、重大事故につながったと言われている。
ヒヤリハット対策で業務量が増大・煩雑化したり、細心の注意を常に求めているとハリーアップ症候群につながる。結局、重大事故は防げない。どうすりゃいいのだというのが正直な感想。私の中での落としどころは、完璧を求めずほどほど(中庸の道)が一番ということだ。ヒヤリハットを否定しないけどほどほどにというもの。
100点を求める姿勢は社会を委縮させる。だから70点、7割で善しとする。投手でもチームでも勝率7割は1流。医師も分野にはよるが誤診率3割。プロ野球でも誤審率3割と言われる。プロフェッショナルでも3割は失敗するのだ。それを前提に社会を評価しないと社会全体が委縮してしまう。100点を求めるのはスローガンレベルにとどめておく。医師が誤診で訴訟を連発された結果、産婦人科になり手がいない(訴訟になりやすい)。病院が救急車を受けれなくなった(万全の体制を求められる)。そしてなにより危惧するのは地域社会の崩壊だ。高齢化で担い手が少なくなっている上に、熱中対策はこう、衛生面は完璧に、個人情報に配慮。こんなこと言われたら担い手が減少するのは当たり前。高齢化してハードル下げないといけないのにハードルを上げてどうするのだ。どん。(机を叩く効果音)。多少の失敗には目をつむる寛容さが今の社会に求められているのではないだろうか。ストレスで心を病む人が増え社会全体が委縮するよりはいい。
風の谷のナウシカで大婆様が「これも腐海のほとりに生きしものの運命」と言いました。今の社会は「分かっているようで分かってない人」(理屈は言えるけど本質をつかんでいない人)が多く社会のイニシアティブを握っているけど「分かってないようで分かっている人」(理論はないけど本質を捉えている人。自然とともに生きている人が多い)が少なくなったような気がする。100点を目指してもがけばもがくほど社会は委縮していく。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉があるように、3割は失敗するのが世の常(人間だもの)。少し気楽に構えたらどうだろう。そっちの方が事故やミスが減ると思うのだが。対策で人を追い込みストレス社会をつくるのはもうやめよう。
ハリーアップも1:29:300ではないだろうか。業務量が増大した上に細心の注意を求められることで300人が疲弊する、内29人の鬱などの精神疾患が出て1人は自死やストレスを主原因とした病気で死亡。あるいは心理的圧迫が引き金となる重大事故が発生。
私は感覚の人間でエビデンス(エビ天丼は好き)はないが、見当違いの数字でもないと思っている。
細かい対策の副反応はもう一つある。それは「枝葉茂って幹太らず」。枝葉末節にこだわって本質が見えなくなるということだ。福祉関係や教育関係者からよく聞かれるのは「昔は人と向き合う時間があったが、今は業務が増えすぎて人と向き合う時間がとれない」。引継書、チェック項目。業務の煩雑化で一番大事な人と向き合う時間がとれなくなった。こういうのを本末転倒という。私も専門家と言われる人間だが、専門家は自分の分野の課題解決のことしか考えてない。業務全体のバランスとか俯瞰した視点は持っていないから、話半分とは言わないけれど7割程度参考にするのがよろしい。ここでも7割だなあ。
豊かな社会を目指すには「あきらめない」から自然の法則に身を委ねて「あきらめて受け入れる」そちらに転換していくことが重要と考えている次第です。
専門家公害入門って本でも書こうかなあ。

理事:山﨑 水紀夫